体験談(保護者)
難聴の娘は39歳になります。人生のいろいろな経験を経て現在子育てに奮闘中です。
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- M.I さん
お子さまのプロフィール・発見の経緯
娘は1歳1ヶ月の時、化膿性髄膜炎にかかり聴力を失いました。1歳6ヶ月から身体障がい者福祉センターで療育を開始しました。
療育や教育における工夫・困難だったこと
まだ高速道路がない時代、片道4時間かけて週1~2回、愛南町から松山へ通いました。娘が幼少の頃は先生の接し方を見よう見まねで娘とのコミュニケーションのコツをつかんでいきました。
娘の学びの場をどうするか、「地元の愛南町で育てたい」という思いは、私たち夫婦で同じでした。
今でこそ、障がいがあってもいろんな場での学びが選択できますが、娘が3歳の時、今から36年前は今のような環境は整っておらず、「地域で育てたい」と相談に行った時、「娘さんには、ろう学校への進学といった特別な教育が必要ですよ」との説明を受けました。
この頃、私は毎日の生活の中で、娘の興味関心が何なのか見つけ、それを言葉で伝えるのに必死だったように思います。主人は地域で娘を育てるためにいろいろな場での仲間作りをして行きました。
小、中、高校と地元の学校に通いました。手話や、手書き文字といった情報保障の少ない中、コミュニケーションをとるには、友だちの協力や娘の努力があったようです。大学から親元から離れての生活、難聴の自分と向き合い、いろんな葛藤があったようです。
保護者へのアドバイス・メッセージ
娘は現在、子育て奮闘中です。
親子が台所に立ち料理をしている姿を見て、35年前の自分たちを思い出します。
興味関心のあることを掘り下げ言葉を広げていく、先生に教わった子育てを娘がしている様子を微笑ましく見ています。
振り返ってみると、いろんな方との出会いがありました。先生ご夫婦や親の会の方たち、学校、地域の方たち、子育てをする中でいろんな方に支えていていただきました。感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも、娘が自分らしくいろんなことを楽しみながら生活するのを見守っていきたいと思います。